久々にZH2でロンツー行きたいなぁと思ったので、富山ブラックを食べに富山まで!!
富山ブラックが食べたい。

「猛烈に富山ブラックが食べたい」と思ってしまったのは連日の暑さが要因だとは思うのだけど、とにかく身体がしおっけの多い物、もとい富山ブラックを求めている。
少し前にどこぞのラーメン屋が期間限定で富山ブラックを提供していたことがあって、それを食べに行ったんだけど「こりゃ違う」となった。どうにも関東で食べる富山ブラックはライトすぎる、ご飯がなくても食べられる富山ブラックを富山ブラックと呼んでいい物かといつも思う。
本物の富山ブラックを提供してくれる店がないものかって関東でうだうだ探している時間が無駄なので、だったら富山まで食べに行けばいい。東京から富山なんて下道でも10時間くらいあればつく距離感、ラーメンを食べに行くにはほどよい距離感じゃあないか。
そんなわけで引っ越しもだいぶ落ち着き、家の中もそれなりに片付き、人らしい生活が安定しはじめ、仕事も繁忙期を抜けて期初となり、同時に同僚も次々と夏休みに入り始めた7月半ばはそういう意味ではODEKAKEにちょうどいい時期でもある、ただし暑くて死ぬ。
気温を考えればエアコンがガンガンに効くクルマで行きたい気持ちはあるものの、決行日となる7月半ばの3連休は高速道路の割引が効かない。だったら二輪車定率割引が使えるのでバイクで行こう、そう思った半日後には出発Death。
ラーツーの朝は早い

バイクでラーメンを食べに行くことをラーツーと呼ぶ文化が世の中にはある、ただ多くはツーリング先でカップ麺を食べたりすることをいうのでお店で食べるのはちょっと違うかもしれない。
でも、こんなくそ暑い、殺人的な気温の下でカップ麺を食べるとか頭おかしいし、そもそも食欲が皆無になるので空調の効いた部屋でおいちいラーメンを食べるのが最高だ。
そんなこんなで富山に向かうために早起き!
ほんと駐輪場が玄関の真ん前にあることが最高で、「でかけたいと思った10分後にはODEKAKEできる」がいい。
バイクに乗ろうと思ったとき、駐輪場まで行ってあれこれ準備しなければいけないことは意外とライディングのモチベーションを下げていたからね(´;ω;`)ブワッ

出発時刻は午前3時半。
オール下道を使っても10時間あれば富山には到着する、なんせ400kmもない。
埼玉時代はこの時間でも生きている信号機が多く、いまいちスムーズに北上できなかったけれど、茨城は信号も点滅になっていたりして北西へ抜けるルートはそこまでストレスもなく走ることができた、ただし虫はめちゃくちゃヘルメットに激突する。

出発から1時間かからずに五霞まで来た、まもなく埼玉に入る。4時半前になると外はすっかり明るくなり、先程まではちょっと肌寒い感じだったけれど日が出てくればこんどは蒸し暑さを感じ始めた。

そうそう、富山まで走ることになるので今日のパートナーはZH2にした。別にイタルジェットでいけないこともないとは思っていたけど、駆動系のメンテナンスを放置していたのでその状態で往復1,000kmを超えるツーリングは不安もあったし、日帰りしなければいけない家庭の事情があったので高速巡航を考えればZH2でいいやとなった。どっちのバイクにしても荷物が積めるわけでもないし、極端にロンツーが快適なわけでもないけれど、排気量の大きさは1,000kmを超えるツーリングだと疲労感に圧倒的な差が出てくるので今日はクレバーな選択をしたというわけです。
高速へ

出発から2時間弱、埼玉は熊谷までやってきた。日は昇ってきているけれど気温はまだ23℃、走っていると冷感インナーとクールベストにメッシュジャケットの組み合わせだと存外に冷える。

1日に何回わたるんだというくらいわたることになる利根川を超える新上武大橋を渡った先にある尾島パーキングでトイレ休憩。この上武道路は国道17号線のバイパス道路となっていて高崎とかそちらの街なかに用事がなく渋川あたりまで抜けていきたいのであればこちらが圧倒的に平均速度もあがり走りやすくていい。
途中、やんちゃな走りをするドイツのアドベンチャーバイクや現行のハヤブサ、ふるーいよくわからんフェラーリと遊びながら群馬をひたすら北上する。

午前6時を過ぎてくるとだいぶ暖かくなってきた。渋川ICの手前でガソリンを入れてここから関越道を北上し、六日町で高速を降りて上越方面へほくほく線ずたいに北上するルートはカーナビタイムを使うと定番ルートとして出てくる。
フル高速なら上信越道、経費削減なら松本から安房峠を超えるルートも富山行きの定番ルートだったりするわけだけど、埼玉に住んでいたときならそのルートもありかなと思ったけど茨城からだと選択肢として安房峠ルートが消えて、経費削減するなら下道で渋川あたりまで爆走して、六日町まで高速を使うほうがいい。

自宅を出たときに満タンにしていなかったので、渋川IC手前のエネオスで満タンにしておく。ZH2の燃費ならおそらくは金沢くらいまでなら走れるんじゃなかろうか?いやどうだろう??
茨城の自宅から群馬まで131.9kmを下道で走ってきた。3時間弱なのでまぁまぁのペースだった。
関越道は渋川からはガラガラで、途中工事区間はあったものの六日町まではハイペースで進めた。

関越トンネルを通るのも久しぶりで、バイクだといつぶりだろう?イタルジェットを300に乗り換えてすぐにぐるりと新潟まで行った気がするのでそのときが最後な気がする。
むかしほど故郷である新潟にも用事がなくなったので、クルマですらあまり通ることはなくなったなぁ。。
渋川から1時間かからずに六日町で降りて、そこからはワインディングを楽しもう。
暑いぞ、ニイガタ

六日町ICで降りてナビアプリに従い上越魚沼地域振興快速道路の野田ICに入る。
この上沼道と呼ばれる六日町から上越までを複数の国道でつなぐルートは東京から日本海側に抜けることができる最短ルートになっているらしく、だからナビアプリもこのルートで日本海に出そうとする。
国道ながら交通量がそこまで多いわけでもなく、沿線自治体も良い方は悪いけどそこまで混雑するような街ではないから変なトラックにつかまらない限りは割とすいすい進めていい、ただし舗装はよろしくないので気を抜くと危ないw

ハンドル位置を下げたZH2は長距離が疲れるかと思っていたけど、意外と乗っていても疲れを感じにくい。ただ前傾姿勢とこの上沼道の舗装の悪さが自分的にはあっていないうように感じて、イマイチ攻めきれない(´;ω;`)ブワッ
まぁ自分が下手ってこともあるんだけどアップライトな姿勢のほうが、悪路ではコントロールしやすいようにこの道だけで言えばバーライザーありのほうがライディングはファンだと思う。
上越に出て、日本海側に出てくる頃には気温が一気にあがりクソ暑い。。。

ファッキンホットだぜ…(´;ω;`)ブワッ

この前も北茨城の方とか、海は行ったんだけどやっぱりというか日本海側生まれからすると日本海側は落ち着く。
バイクも増えてきて、絶好のツーリング日和?

そんなことはねーなー…だってもうとにかく暑いんだもん(´;ω;`)ブワッ
装備しているクールベストも完全に乾いてるw

そりゃそうだ、朝の3時から5時間経ってるんだもん。。。
干からびたベストを水で濡らすために能生の道の駅で休憩。

頭から思いっきり水をかぶってみるも、数分で乾くレベルに暑い。。
連日のように災害級の暑さと言われるけど、いよいよ日本でも40℃を超える日が出てきたので、もう数年もしやら30℃台は涼しいと言われる時代が来るかもしれない。
ここまで気温が上がると、インフラ含めてあらゆるものに負荷がかかる。バイクだって例外じゃなく、この暑さで消耗も進むだろう、タイヤとか液体系みたいなのがね。
そもそも40℃を超える気温で生身をさらして走るバイクは地獄だと思う…

渋川から200kmも走っていなかったけど、富山手前から高速に乗る(下道あつすぎてむり)ので糸魚川でガソリンを満タンにしておいた。
温度計が28℃となっているけど、体感は余裕で35℃くらいある気がする。海沿いの湿った風で湿度が高く、走行風も熱波なので全然涼しいってこともない。

Kawasaki軍団が前を走ってた…グループだと思われると申し訳ないのでH2SXのはるか後ろをまったりと。
気がつけば親不知、そろそろ高速に乗ろう。

親不知で片側通行に出くわす。数分とまりそうだったので、暑いしエンジンを切る。

親不知は古くから交通の難所として知られた場所らしい。意識したことはなかったけれど、この場所は飛騨山脈の北端が日本海で侵食されてできた地形らしい。

昔はこんな高い位置に道路はなく、波打ち際にあるわずかな砂浜を通って新潟と富山を往来していたとのこと。砂浜も狭く、大波が来ると洞窟などに逃げ込まねばならず、それでも逃げられなかった者は波にさらわれてあぼーんしたってんだからとんでもない。
参勤交代のときも富山側から東京に抜ける際は、偉い人(言い方w)がそんな浜を通らねばいけないから、富山から数百人の人を寄せ集めて波除にしていたって話があるんだから、そんなことを今の時代にやったら重大なコンプラ違反になるはず…まぁ江戸時代とかにコンプラ違反があったかどうかは知らんし、今の時代だったら切腹もパワハラとかになりそうだからそんなことを考えても仕方がない。。。
というわけで親不知ICから北陸道へ。

糸魚川でガソリンを入れてからそこまで回転数をあげていないので平均燃費はリッター20kmを超えてきた。
「回せ、回せ」と声が聞こえるスーパーチャージャーだけど、回さなければ燃費はいい。4発のリッターバイクで2,000-3,000回転で走ろうものならそりゃもうかったるいけどZH2はそんなこともない。こんな回転数からでもアクセルさえ開ければばかみたいなトルクで普通のクルマの加速を余裕で凌駕する。なので高速はもう基本6速に入れておけばどうにかなる。
富山グレー
富山に入って有磯海SAで休憩。

この時点で10時、どうしようラーメンだけを食べて帰るのはどうかなぁ…と思い始めていたので、じゃあ金沢まで抜けよう。この天気なら千里浜も走れるだろうし。

というわけで、ここで朝ごはんを食べることにした。ってか早朝にコンビニでインゼリーの飲んだきり、水は軽く口にしたけど食べ物は何も取っていない。気温も高いし食べておかないと倒れるだろうねという理由もある。

まさかのここで富山ブラック。

ただ味はブラックというよりかはグレー寄り。米なしで食べられる、ライト富山ブラック、観光客はこれをしょっぱいと言いながら食べるのかもしれないけど、本物を知っていれば米も水も飲まずに食べられるブラックはブラックじゃない、でも関東で食べるブラックよりはブラックしている気もした。
ただ、汗で失われた塩分を補うにはちょうどよく、スープも珍しく飲み干した。ガチブラックだとさすがにスープまでは飲み干せないので塩分補給という意味ではライトブラックの方がいいのかもしれない。
灼熱の石川県

有磯海を出てしばらくすると北陸道の工事渋滞が始まった。なので小矢部で高速を降りて、下道で抜ける。どうせ森本とかそのあたりで降りるつもりだったので少し手前で降りたくらい。

高速燃費は最終的に23km/Lになった。100kmを5リッターで走り切れる高燃費!これがスーパーチャージャーよ。
ただ、金沢市内の渋滞では激熱だ。

水温はSTOP&GOでも90℃台、クーラント交換を先日したけどその効果があったのかなかったのか、もうよくわからない。車載の温度計は33℃になっているけど、体感温度は軽く40℃を超えていてライディングしていて気持ち悪さすら感じる。
なので県庁近くのヤマダデンキで休憩。

500ミリのペットボトルの水を即座に飲み干して、少し座って身体を落ち着かせてから出発だ。ここで一度ガソリンを満タンにしておいた。

Zでは数年ぶりの千里浜!

以前にもZH2で千里浜に来たことがあった気がする。そのときも富山ブラックを食べに来ただけの謎ツーリングだった気がするけど、関東から金沢は日帰りツーリングするにも別に苦にならない距離なので個人的には好きなコース。
日付が変わったことろに家を出て、程よく高速を使えば全然日帰りできる。なんせ往復で1,000kmもないんだから。
とにかく暑いので海に飛び込みたい気持ちでいっぱいだ。

目の前で砂に足を取られてすっころんでたアドベンチャーバイクがいたので「えー」って感じになりながら恐る恐る浜に降りる。誉は浜では死んでいない。

さすが連休中の千里浜、クルマの数がえげつない。

どこか止まれるところはないかなぁとまったり北上する。
やっとクルマが少ない場所に来たので停車。

千里浜ならZH2のスタンドプレートだけでも自立させられる。

ちょっと怖いけどねw

改めてロンツーするとZH2は良い意味でバランスが取れたバイクだなぁと思う。燃費もいいし、ネイキッドでポジションも楽だし、かといって遅いわけでもないスポーティーに攻められるし、万能感がある。特化型よりも万能型を好む自分との相性は抜群だねとそう思う今日この頃。
被災地へ
ここまで来たのだから能登半島地震の被災地まで足を延ばす。
千里浜から被災地のひとつである輪島まではのと里山海道を使っておよそ70km強、普通の高速道路の感覚で言えば1時間もかからない距離なのでそこまで遠くはない。学生の頃はまだ能登有料道路としてお金を取っていたので貧乏学生としては能登有は走れない、「社長になって、いつか能登有料道路を好きなだけ走り倒したい」なんて夢を語った学生も当時は多かったものだけど、勝手に無料になったので奇しくもみんな走り放題になってしまった。
そんな海道は金沢市内と奥能登と呼ばれる地域を結ぶ主要道路の1つとなっていて、そもそも金沢から奥能登へ行こうとしたら片手で数えるくらいしかルートが無い中では、一番まともで早く着くのがここ。
距離的には金沢からなら能登半島左岸をなぞるように進むのと海道を通るのとでは10km程度しか変わらないのでアベレージの高さを考えれば実はそこまで大差がないし、個人的には海に沿うルートのほうが時折見える景色がよくって好きだ。海道は千里浜を超えたあたりからは基本山中に入るので景色はそこまでよろしくない。
馴染のない区間をZH2とともに走る、徳田大津JCTあたりまで第一車線をクルコンで流し、隣を爆走する軽自動車にも抜かれる始末。まぁそこまで急いでいるわけでもないし、ゆったり走ろう。
ちなみに里山海道は徳田大津JCTまでで、ここからは能越自動車道の無料区間となる。道は片側1車線へと減り、そのあたりから徐々に被災地の爪痕を垣間見ることになる。

路面は激しくうねり、ところどころシケインが現れる。日中だからいいものの、夜間バイクだったら下手すりゃジャンプして転倒なので夜間走行はおすすめできない。街灯なんかなさそうだし、危険が危ない区間に感じた。
休憩所があったような痕跡があったけれど、地震の影響かその半年以上先に発生することとなる大雨の影響でかはわからないけどなくなっていて、周辺にはときどき工事車両の待機場のようなものがあった。

輪島

自動車専用道を降りて、いよいよ輪島市へと突入する。

輪島は奥能登では一番人口が多い市なんだけどそれでも人口はわずか2.5万人に満たない。また奥能登全体で言えることだけども今や人口のおよそ半分が65歳以上の高齢化が進む街。

まぁ地形的な条件を見ればそりゃ過疎化も進む罠…という気持ちにはなる。自動車専用道が金沢から伸びているとはいえ実際に走ってみればなかなか遠いし、僻地感が半端ない。
朝市などで有名な奥能登では最も有名といってもいいほどの観光地ではあるものの、逆を言えば「朝市の他になんかあったっけか」とちょっと考えないと思い浮かばない。

道路などのインフラはそこそこ復旧しており、ZH2みたいなバイクでもとりあえず訪れることはできたけど、道中の山肌の崩れっぷりを見てもまだまだ完全復旧には時間を要しそうではある。
今回は旧輪島駅跡地にある道の駅的な施設で休憩した。

金沢のヤマダデンキを出てから一度も水分補給をしていなかった。3時間近く、飲まず、食わずでライディングし続ける、一度乗るとなかなか休まないのが自分の悪い癖で、こんな炎天下でそんなことを繰り返していたら長生きはできないなと思う。

せっかくのクールベストも給水を5時間近くサボっていたのでわずかにひんやりするだけのベストになっていた。もう色々とダメダメだ、ちゃんと休もう。
被災地を疾走る

旧輪島駅といえばこのモニュメント。よくよく見ると隣の駅が「シベリア」になっているけれど、これは現役当時に落書きされたものがそのままモニュメントにも反映された形になっている。落書きはいけないことだけど、まさかこのまま使われるとは当時出来心で書いた人は思ってもいなかっただろうなぁ…個人的にはばんなんとかしーよりもすごいと思う。
まぁ実際はシベリアに行くどころか廃線になっちゃったけど(ぉ
輪島駅の廃線は自分も知らない、なにせ大学で石川県に来たときにはすでに七尾線の穴水-輪島区間は廃線になっていたから。
同じように観光客もその廃線の事情を知らない人が多数だろうし、自分の横でこれを眺めていた老夫婦の奥さんのほうが「地震の影響で廃線になったのか」と旦那さんに話しかけていた。
震災から2年も経過していないのに、廃線でここまできれいに線路を隠せるわけないでしょうよ!とツッコミを入れたくなるし、そもそも廃線の理由は1日400人程度の乗降車数しかなく需要がなかったから廃線になったというありきたりな理由で、地震は微塵も関係ない(ぉ
金沢から輪島に行くルートは当時から高速バスが主流だったようで、バスよりも鉄道のほうが時間がかかってしまうという理由もあり利用者は少なかったらしい。そもそも能登半島の先っちょに行こうとしたときに、自分も鉄道を使うという選択肢はないレベルで鉄路は不便極まりないと思うw
かつての路線は今自分が走ってきた七尾輪島線を沿うような形で地図で言えば能越自動車道の左側をずっと走り穴水まで抜けていたらしい。へーって感想しかない。
輪島市内の震災の爪痕を眺めながら少し走り、そのまま更に先端となる珠洲方面へR249号を北上した。

ところどころ道の悪さはあるし、断崖絶壁で片側交互通行で停車すると恐ろしさを感じるので、ここも夜はバイクで走っちゃダメな場所だと思うw
このあたりの道は学生のころによく能登半島一周ドライブで走った場所なんだけど、もう20年も前の話なので記憶は断片的で走っていてもよく思い出せない。

時折、左手に見える道の駅でトイレしたな…くらいの思い出しかないので、トイレの記憶ってのはなかなか印象の残るもの。そりゃ下手すら人権を失いかねないイベントなので強く印象に残る。まぁ言うて能登半島の道なんてどこでもト…おっと誰か来たようだ(´;ω;`)ブワッ
千枚田をスルーして先に進むと、途中で日本離れした風景の道に出る。

能登にこんな凄い場所があったんだ?とよくよく考えてみると、ここは地震の影響で海面が隆起した場所でGoogleMapで見ても海の上だった…

元々の道路は土砂崩れなどで使えなくなったので、仮設の道路を作った模様。

絶景ではあるものの、そういう場所であると考えると少々複雑かな…一応「仮設」とのことだけど、なんかこのまま永続的に使われそうな気もする。
交通量や復旧する手間を考えるとそれが一番手っ取り早い感。

R249を輪島から珠洲に向かって進むとそんな隆起した元海を走る区間がいくつかあるので走れるうちに走っておくのもいい思い出な気がする。
途中にある集落では倒壊したり、傾いたりした建物がまだそのままのところもいくつかあった。
珠洲へ
何度か立ち止まって写真を撮るを繰り返す、今現時点の奥能登の状況を記録しておきたかったし、会社に戻ったら同僚に共有する意図もあった。そんなことを繰り返していると、あれ?なんか違和感があった。

蜂がいた(何
正直、この区間は速度計を見るようなところでもないので気にもしていなかったけど、時間が気になったので視線を落としたときにこいつの存在に気付いた。
どこからいたのだろう?

これがどんな種類の蜂なのか、別に昆虫博士じゃないから知らないけど、見た目の色からして「俺、あかんやつやで?」と言っているような気がする。もしかしたら人畜無害で、むしろ刺されると幸せになれるタイプかもしれないけどなんか不気味なので一刻も早く立ち去っていただきたい…でも退かない(´;ω;`)ブワッ
グローブで追い払おうにも、夏用はハーフフィンガーを使っているのでさすがに憚られる。なので一旦路肩にバイクを寄せて、歩道に転がっていた細長い木の枝で追い払った。

振り払われた勢いで地面に転がると、灼熱のアスファルトで一瞬で身体を裏返し、足をじたばたとさせると10秒くらいして動かなくなった。そもそも、飛んでこちらを襲う様子もなかったし、この暑さで蜂も体力的に厳しい状況だったのかもしれない。
生物が生きることに適していない気候だなぁ、本当に…

上から読んでも下から読んでも町野町ってところで倒壊した家屋を見た。
ここを過ぎ、トンネルに入る。

トンネルを抜けた先が珠洲だった。

元からボロボロだったということはないだろうから、被災したことでこのような感じになったのであろう標識を見て珠洲入りした。

ここはもともと飲食店だったらしい。その日の朝に取れた海鮮を使い、季節によってネタが変わる能登丼で有名だったそう。被災した影響で現在も休業中のようだった。

ここには垂水の滝があり、観光スポットのひとつだったようだけど、海面隆起の影響でその風景も様変わりしてしまったらしい。
今更に、能登って意外と観光地あったんだなぁ(何
ドライブしても夜中だったらからほとんど通り過ぎていた…ここだって何度も通ったはずなんだけど印象に残っていないのは夜間で景色がまったくといっていいほどに見えなかったからだ。つくづく残念だorz...

珠洲に入り、大谷という集落のあたりでナビアプリはR249を逸れる道を提示した。もしかするとこの先のR249は通行止めとかだったのかもしれない。

ただ、ナビで誘導された道は被災して通行止めだった(´;ω;`)ブワッ

このあたりはニュースでも取り上げられたので知っている人も多い地区で、幹線道路が土砂崩れで通行止めになり2週間近く住民は孤立した。

ちょうどナビが通そうとした道は珠洲市中心部へ向かうための道のひとつで、そこがまさに通行止めになった道だったとあとから知った。
孤立集落になったことは知っていても、実際に訪れるその目で見るとなかなか壮絶だった。



確かに1年以上経過してこの様相なら復興が遅れていると言われる理由もわからなくはないんだけども、同時に復興はどの震災においても難しいものだという点も踏まえて、能登の地形などを踏まえればここまで復旧できただけでも…という印象は受ける。
「復旧」と「復興」は全然別物。「復旧」についてはとりあえず生活に必要なライフラインを復活させること。多くの災害においてはこの復旧させることを第一目標に活動が進められる。この集落では被災直後に道が土砂崩れや倒木などで道が通行止めになり陸の孤島と化した。片手で数えるほどにしかアクセスルートがない集落で、そのすべての道が封じられたというのは復旧に向けた支援も届かないということになる。それをなんとか道路を使えるようにしたので、今は時間はかかるものの輪島や珠洲の市街地へアクセスもできる。

復旧はそうしたインフラを整備することで、その復旧を進めた先に復興が出てくる。
復興は元通りの生活ができるようになること、それはつまり外に出た住民が戻って来て自宅を再建し、そこにまたもとのように住まうことなんだけど倒壊した住宅がそのままであることを見るとなかなか住民の心境も複雑なところはあるんじゃないかと思う。
能登半島の過疎っぷりを見るに多くのこの地震での被災地の復興にはそれなりに時間はかかるんだろうなぁという思いを抱く。

住民たちや行政がなんとかして復旧させたであろう道を通ってしばらく走ると珠洲の市街地にでた。
見附島も今回の地震で形状が変わってしまった。

ただ見附島自体、過去の地震や台風でそれなりにえぐられてきた島でもあるので、そういった意味では徐々に崩壊が進んでいっているのかな…隣にあった小島も台風だったかで消滅したはず。
いやしかし、珠洲なんて本当何十年ぶりに訪れただろうか…自分をもってしても奥能登まで足を伸ばそうという気持ちになれないくらいの場所ではある。。。
本来の目的を忘れていた
やばい、時間はもう16時を過ぎていた。日帰りで富山ブラックを食べにきたはずが、思いもよらぬ奥能登までのツーリングでこんなに時間を食ってしまった。ふらっと来るにしては奥能登はなかなかの距離感と、そして地震による道の悪さ故にペースをそこまであげることができなかったので想定よりも時間がかかったorz..

途中休憩でアクエリアスを一本だけ一気飲みして水分を補給すると、やれいそげと富山市を目指す。

このとき、すでに汗もかかなかったし、トイレに行きたい感じもなかったのでもしかすると軽く熱中症だったかもしれない。

その1週間後に自分は別件で熱中症でぶっ倒れるんだけど、こんなことをしていりゃそりゃ倒れる罠。

能越道に入り、時間を確認しながら富山市を目指す。そういやこの道は初めて通る。
途中にあったPAが富山県と石川県の県境だった。



県境にまたがるPAの固定資産税ってどうなるんだろう?とふとした疑問が湧いた。個人宅の場合は様々な要因や自分で決められたりもするらしいので行政サービスがよいほうを選べることもあるらしいけど、こういう施設の場合はそれぞれに対して税金を収めることになるようで…まぁPAが越境しているのは珍しいけど、ダムとか県境をまたいだりするものはありそうだし、そこまで珍しい話でもないのかもしれない。

県境に線が引かれているのを見て、そう言えば群馬と長野の県境にもロッジだっけ?そんな建物があったことを思い出した。まぁ探せばいくらでもあるんだろうな、そんなところ。
というわけでいつもの店に到着したのは19時前…

輪島の道の駅にいたのが14時すぎだから実に4時間半ちかく経過した。
さすがに空腹もやばい。

まずは炭酸で喉を潤す(´;ω;`)ブワッ
そして、念願の富山ブラック(本物)!!!

塩っ辛さをいつもより感じなかったのは、それだけ体内から塩分が失われていたってことかもしれない。スープまでぐいぐい飲めるってどんだけよ…富山ブラックの誕生経緯を考えれば、こうやって大汗をかいたあとに食べるものって意味で正しい食べ方ができたような気がする。。。

個人的には西町大喜の富山ブラックが一番好きで、富山ブラックといえばこれ。学生の頃から通っていたのは中島の方にあった店だけど数年前に無くなっていた。まだプジョー3008に乗っていたときに行ったのが最後だったのでほんと数年前だったはず。

食べ終えたのは19時半前、さてここからはなんも楽しくないただの夜間走行に入るYO!
久々のロンツーは疲れたけど楽しい

帰りは富山ICからフル高速、さすがに19時を過ぎたので高速を使っても日付が変わる頃の到着予定…ちょっと寄り道が過ぎた感。インター手前のガソスタで給油、ただこれでも自宅まではガソリンは絶対に持たないので燃費走行をしても群馬あたりで給油することにはなりそうだ。
この時間でも気温はまだ30℃を超えていて蒸し暑さが半端ない。バイクをとばしていても全然涼しいとも思わないし、ただ熱風が身体を容赦なく襲い大した距離も走っていないのに体力がガンガン削られている感がある。

今回は夜間走行を想定してヘルメットのシールドはフォトクロミックにした。さすがに数年ものなので遮光性は落ちているのかもともと紫外線に弱く常にサングラスでないと目が開けていられない自分としては目の疲れも半端がない。本当に夜間走行に耐えられるのか…そういえばバイクでの夜間のロンツーはかなり久々だ。なんなら1年ぶりくらいかもしれない。

高速はほとんどの区間をクルーズコントロールを使って定速で流した。どのみち急いでもよいことはないし、燃費を稼ぎたい意図もある。視界の悪い夜間はどうしたって四輪よりも二輪のほうが気を使うし、気を使うから疲労もそれなりに蓄積される。

有磯海でコーヒー休憩、このあたりまで来てもまだ蒸し暑い…

20時前にはあたりはもうすっかり真っ暗でバイクのヘッドライトで北陸道はあまりに心持たなく走ることに少々の強さもある。
黒部のあたりで自宅までの距離はおよそ430km、到着時刻は午前1時24分とでていて思わずナビアプリのキャプチャを撮ってしまったのは124スパイダーオーナーあるあるだと思う(ない)。
新潟県入り、上信越道に分岐したあたりから一気に気温は下がりはじめる。

確か10℃以上下がったんじゃなかったかな…メッシュジャケットだと身体が凍えて、しまいには鼻水まで出てくる始末。ハーフフィンガーグローブは完全にミステイクで金属製のレバーを握るたびに指先が痛くなる。
インナーメッシュを持ってくるという発想は、連日40℃近くになる関東に住んでいて微塵も浮かばなかったけど山間部を通り抜けるのであればリュックに潜ませるべきだった。今回は雨具すら持ってきていない。
なんのためのリュックかって、そりゃ輪島でお土産を買うためだよ(嘘)。
さすがにこのあたりまで来ると眠気が襲ってくる…そりゃ30分前まではゲロ暑だったのに急に10℃以上も気温が下がったらととのいますね、サウナかよ。
ガソリンは東部湯の丸あたりで入れようかと思ったけど、予想外に燃費がよく横川くらいまで持ちそうだったのでそのまま長野はノンストップで通過。
いきなり高速の電光掲示板に雨の情報が出てきて、「まじで?!」と大慌てしたけど、結局自分が通る頃には路面が濡れているだけで特に大雨に遭遇することもなかった。

横川で最後の給油、ここで満タンにしておけば家までは帰れます。
最後の休憩は寄居でトイレとコーヒー休憩、時刻は23時25分…

圏央道を変なインターで降りてまっくらな道を走る。

自宅までは10kmくらい、途中でなぜか道を間違えるくらいにはつかれている模様w

到着は1時前、休憩を挟んでもナビアプリが示した到着時刻よりはずいぶんと早く着いたけど、日付が変わる前に帰宅する目標は達することができませんでした(´;ω;`)
アベレージ燃費は18.1km/L、このバイクの性格とスペックを考えたら随分いいんじゃね?って感じはする。高速オンリーなら20km/Lは超えるよねー余裕で。
多分ノーマルのZH2よりも燃費はいいと思う。
本日の走行時間は19時間50分。

出発時間を考えるとほぼ走ってたことになるw
さすがに疲れたけれど、久々に充実したツーリングができたのはよかったなぁ。。

