湯らっくすだけじゃもったいない
熊本に来たのに「湯らっくす」だけでは身体がまだ満足していない。
もっとサウナだ、35時間もかけて来たんだ、もっとサウナを味わいたい。
その欲求に抗える者があるとするならば、それを人は「神」と呼ぶ。
つまり、概念だ。
そんな概念になれる気もしなければ、なるつもりもない。
ぼくはひとりの人間として忠実に欲望に従おう。
そんなわけで「湯らっくす」を後にし白川水源を見たあとに次のサウナを探す。
すると「令和2年7月閉館」と書かれた施設を見つけてしまった。
それが「華ほたる」だった。
老人たちの楽園
温浴施設はそのタイプによって綺麗に客層が分かれる。「ウェイウェイしたい若者が多い」、「おっさんの楽園」、そして「老人の楽園」で今回の「華ほたる」はまさに「老人たちの楽園」に該当する施設だった。
http://greenhillmifune.web.fc2.com/newpage1hanahotarutop.html
ホームページの作りからして歴史を感じる。
今の時代に見ると逆に新鮮にすら思えてしまうから不思議だ。
白川水源から霧の阿蘇を抜けておよそ30分ほどで到着した。
まごうことなき閉館だった、営業期間は16年なのでぼくの感覚としてはまだまだ新しい施設のように感じてしまう。
時期的には既に「コロナ」が流行している頃で、確か熊本でもコロナが出たと騒がれていた気がする。
それに関係あるのかないのかわからないが、とにかく施設内はマスクをした若い従業員と、おかまいなしな老人たちという日本の悪しき文化を縮小したような空間だった。
平均年齢は低く見積もっても60代後半だ、従業員と自分がいることで50代くらいまで下がっているかもしれないが、どう見ても60代がいれば若いと感じてしまうような客層に「ここは老人たちの楽園である」と理解した。
サウナの最適化とは
サウナは進化する、客層に合わせて、その意見を取り入れて。
進化の手本としては間違いなく錦糸町「ニューウィング」がわかりやすくていいが、この「華ほたる」は明文化されてはいないものの間違いなくその客層に合わせて最適化されていると感じられた。
九州オリンピア製ガス遠赤外線ストーブは広いサウナ室をくまなく温める。
老人たちがバライティ番組を見つつ大笑いする室内は、ぼくが望む静寂のサウナには程遠いものがあるが、気にするな、自分もバライティ番組に耳を傾け、老人たちの声を意識しなければいい。
愉しむのだ、環境を。
最上段できっちり12分、すぐ隣にある水風呂はそこまで冷たくはなくサウナイキタイに記載があるように恐らく20℃かそれより少し高いかもしれない?くらいのもので珍しく声を漏らさず静かに入れるくらいのものだった。
「もう少し水が冷たければ最高」
そう思ったのはただのわがままだ。
なにしろこれは「華ほたる」をホームとしている人間の意見ではないからだ。
ここをホームとしているのは、あくまであの老人たちだ。
60代後半から70、下手すれば80代の老人たちばかりのサウナと組み合わせる水風呂に「シングル」を設定したらどうなるだろうか?
ととのうどころかあの世行きになる可能性が一気に高まる。
いわゆるヒートショックで死ぬ老人の絵が見えるのだ。
安全とととのいのバランスからすれば20℃は正しい、大正解。
アウェイなぼくはこのサウナを愉しむために、それを受け入れるのだ。
しかし・・・サウナでタオルを絞ったり、かけ湯せず水風呂に突撃したり、まぁなんだ老人たちのフリーダムぶりだけは正直いただけない。
彼らに言わせれば若者は・・・となるのだろうけど、マナー違反は年寄りの方が酷いのだ、彼らは注意してもやめない、正さない。
凝り固まった性質はサウナ程度ではほぐれない、「サウナを信じるな」か。
サウナでも水風呂でもない、第3のととのいポイント
「サウナ室だけで満足するサウナーは初心者。水風呂を極めて中級。上級者ともなればサウナでも水風呂でもない、第3のポイントでととのう。そのととのいを極めることこそがオレのととのい理論のメインテーマだ」
「華ほたる」は施設こそ老朽化が激しいものの温泉はちゃんとしているので老人たちもサウナに入らずお風呂だけを愉しむ人も当然に多い。
そして何より露天風呂があるのだ。
サウナがあり、露天があるということは必然的に外気浴スペースがあるということ。
広々した庭園風の露天エリア、ここだけを見れば湯らっくすにもない魅力だ。
いくらサウナ北欧に外気浴スペースがあろうと、あれは都心のオアシスで、言ってしまえば「ないよりはあるほうが絶対にいい」というものだが、「華ほたる」の場合は贅沢なスペース、そしてその立地の良さが最高すぎるのだ。
地図だとわかりづらいが、施設は小高い山にある。
そこから全裸で、仁王立ちしながら街を見下ろす気分は圧倒的に皇帝!
なんだ、なんだこの気持ちよさは!
ベンチに座っていると小鳥のさえずりや、遠くを走る車の走行音、木々がかすれる音が耳にどんどん飛び込んでくる・・・。
あ、これととのった・・・完全にととのった。
サウナの温度はもう少し熱い方がよかった。
水風呂はもう少し冷たい方がよかった。
温冷交代浴の基本でととのうことがととのいのすべてではないと、いま「華ほたる」は教えてくれている・・・大自然の中、全裸で過ごすことの気持ちよさ。。。
圧倒的に自然と一体化する心地よさ。
この露天スペースこそが「華ほたる」最大の武器じゃないのか?
これを前にサウナの室温や水風呂の水温でケチをつけようと思った自分の浅ましさを反省する。
でも、老人たちよ・・・なんで露天スペースに来ないのだ?
まーいいや、静かで。
惜しい施設がなくなるものだ
「華ほたる」の損失はおそらく地元民には大きなものだろう。
施設の維持管理が大変なのは田舎も都会も変わらない。
ドラマ「サ道」に出たような平塚太古の湯グリーンサウナでさえも令和2年5月で閉館となるような時代だ。
コロナの影響で宿泊施設なども廃業する中でもしかすると今後もっと閉館に追い込まれるサウナが出てくるかもしれない。
そんな悲しいことはないが、ぼくらがそこにつべこべ言える立場にはない。
大人の事情、経営判断、残念だが新しく生まれる施設があれば、ひっそりと姿を消す施設だって出てきてしまう。
それでもぼくは忘れない、ととのいの中で聞いたあの音や匂い、そして見た景色そのすべてを。
施設は消えても人々の記憶には必ず残る。
閉館まで残り数か月、行ける人はぜひその素晴らしいサウナを堪能してほしい。
わずか500円で楽しめる大解放外気浴、最高だ「華ほたる」。